実は私にそう思える人がいるかと問われると、「いない」のかもしれません。
熱しにくく冷めやすいから。
でも、自己分析が間違っている可能性もありけり。
その人のために全財産を注ぎ込むほどの熱の入れようはないとしても、
いつまでも尊敬し続けることが決定している人はいる。
「好き」ってそういうことなのかもしれない。
尊敬し過ぎは良くない
某有名キャラクターのセリフの受け売りになるのかもしれないが、
他人を尊敬し過ぎると、その他人に似ている自分を良しとし、個性や自立心は成長しないのかも。
そんなことを考えながら、今日も大好きな音楽を部屋に垂れ流す。
カッコつけた文字列も垂れ流す。
したいのは我が心のアイドルの話なのに。
いや、「なのに」なんておかしい。
誇りなのだ、この文化が。
勝手に、「世間に認められていないもの」というレッテルを貼るのは危険だ。
実際に彼(彼女)らは、なぜかイロモノ扱いされる自分たちの存在に苦しんでいるかもしれない(かもしれない
みんなイロモノなのに。
1つとして同じ存在などないのに、ないと断定だってできないのに。
では彼女の場合はどうだろう。
私は尊敬し過ぎずにはいられなかった。
スゴい人はいっぱいいる世界
私はそうだな、特に西野亮廣さんなんか目にするだけで「スゲー」って言ってしまいそうな対象No.1だな。
「スゲー」し、非常にこういうとこ(ブログ)で名前を出しやすい。
本人からの発信の量・質ともに他を圧倒しているからだ。
では、自分が同様の発信力なるものを得ようと思った時に、コツなんてものはきっとなくて、
彼のように「すべてガンガン伝える」のみで、
あとは受け手の解釈に委ねられるのだろう。
1つの職業として、「さらけ出す」ことがスタンダードになりつつあるアイドルと、
西野さんのそれは非常に似ているように思う。
「西野亮廣エンタメ研究所」なる、未だに大衆には実態を理解されているとは言えないメルマガかつコミュニティがあるが、入所?することで得られるのはザックリ言えば西野さんの頭の中と創造物だ。
アイドルも、彼(彼女)らが提供するコンテンツやそれを生み出す過程を消費者が楽しむ文化だ。
もし違いがあるとしたら、偶像であること、そんな人は実在しないという世界観にアイドル自身が身を置いている部分だろうか。一概には言えないな。まだ西野さんをこの目で見たことないもん。
「世界標準」って聞いて人々は何を連想するだろうか。
Googleだろうか、Amazonだろうか、Facebookだろうか、Appleだろうか…
ってググらない人はこの世界に山ほどいるよね。ヤホーで検索しようとそれはきっと自由よ。
「The World Standard」、略して「わーすた」。
いつまでも曖昧なままのアイドルという概念にモヤモヤしたままの世界を終わらせるために作られたのだろうか。
小さな島国・日本のスタンダードと、国境がドンドンなくなっていく今の時代のスタンダードを上手に織り交ぜて、彼女らのアイデンティティを日常に浸透させようとしている。
そう、実体のない、空気のような存在、アイドル。
アイドルでありたい人が、そう思っている時間だけアイドルでいられる。
そして、人々の心に存在を届けるための手段として、彼女らは歌っている。
能書きはいらなかった
文章にすると、どうしても新たな疑問を生ませるばかりで一向に魅力を伝えきれない。
アイドルよ、勘弁してくれ。
なんでこんなに説明が難しいんだ。
(いや責任転嫁すな)
↑鬼才が作った感丸出しの曲がある。彼女らに歌わせることで魅力が爆発してしまった1曲だ。
こんなに哲学が詰まっている歌も珍しいのではないだろうか。
友人はこの曲の歌詞に「アイドル多すぎ」とあることがにわかに受け入れがたいと言っていた。アイドルのほうから言っちゃわないでくれよと。
確かに「多すぎ」を認めるとね、アイドルなんて世間的には特殊な仕事なもんで、特殊性が消えかかってることへの危惧はありますよね。他の職業だって、多過ぎたら自然と減ってくもんよ。
ただ、そう思う人がいることも見越した上で言っちゃえるわーすたはやっぱスゴい。
関わるスタッフもスゴい。全力で団結して自分たちの世界感を世に送り出している。
賛否両論の賛も否も自在に作り出せるのが、今の時代にマッチできるクリエイターやプレイヤーなのかな。
(なんかずっとカタカナ語多いよね、多すぎよね -筆者 心の声)
正攻法の中心部
スタンダードになるためなのかは分かりかねるが、彼女らの楽曲には「王道」なものが多い気がする。
王道か緻密に計算された邪道。
作っている人それぞれに訊かないと狙いは分かりかねるので今は諦めるとして、
いいものはいい。
世に放たれる全てをいいと言ってしまうなら、私は前述の「尊敬し過ぎて自分を見失っている人」でしかないが、いいと思うものが多いのはコレもう仕方ない。
きっと、表現者である彼女らというフィルターを通すことで、私の音楽脳が強めに揺さぶられているのだ。
↑ご覧いただけた通り、曲中においていっぱい歌っているのは5人中2人ですが、
両巨頭の片側、三品瑠香さんの歌声はとにかく記憶に残りやすい。
なぜかと推測するに、腕がもげるくらい力を入れて投げるストレートのようなものを見せつけられている気がしているからなのではないか。
9回裏2アウト、2ストライク3ボール、相手は今日で引退のレジェンド選手、こんな状況はいつもあるわけない。
でも、彼女の歌声には毎回、全力を感じる。
ダイレクト・ボイス、そう名付けよう。
ド直球を聴き手が受け止めやすくしているのは、
足長ーし背たけーし顔小っちぇーしピンク纏ってるしっていう、なんか見たことない感じの外見だろうか。
よくわかんない。もっかい見てみよ。
(他のメンバーもスゴいんだけど、今回は割愛、許してにゃん)
お誕生日おめでとうございます
きっと彼女は、自身が成長し続けることに大きな宿命を背負っているタイプだと思うので、
おめでとうと言いやすい。
祝いやすい。
歳月を重ねるたびに親や家族にも感謝しているだろうし。
…ビビったよ。
ケーキより、言葉より、変わる自分自身が最高のプレゼントなんだろうな。
って私は彼女じゃないんで分からないけども。
(ケーキも言葉も嬉しいやね)
3/17になってすぐに出るなんて知らなかったもんだから、一般オタクおっさんこと私はビビった。
そして聴いて買った。
サブスクは便利だけどもなぜか単品買いしちゃう。
そんな魅力。
結局YouTubeで映像と共に聴くことが多いけども買っちゃう。
そんな魅力。
そうか、私たちは応援したかったんだ。
世界の皆で同じ音を聴くために。
新たな一歩
彼女がまた面白そうな一歩を踏み出してくれたおかげで、
生きようって思える。
活きようって思える。
曲も聴かせてくれるし生きがいにもなってくれるなんて、お得な人だ。
たまには後ろ歩きもしてみてね。
これからも変わらない部分だって、愛せているように見えるよ。
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